米寿を迎えて

米寿を迎えて

2021年12月、八十八歳、おめでとうと言われるけれど、よくここまで生きてこれたという喜びと、日に日に衰える人間としての機能を実感する毎日。思い返せば、地域にもどって28年、ときわ会と共に過ごしてきた28年、肩書も、学歴も白紙で過ごしてきた28年。そして、地域でいろんな方との繋がりができたこと、これが生きてきた原動力かな。ときわ会の皆さんに感謝!!

パスカルは言う、「すべての人は幸福になることを探し求めている。それに例外はない。どんな異なった方法を用いようと、皆この目的に向かっている。これこそ人間の行動の動機である」と。でも私はこのような目的をしっかりと意識して生きてこなかった。勉強、運動、仕事、趣味等々、それなりに充実した生活を求めて懸命に努力してきたつもりだが、考えてみたら、生きる手段に一生懸命だった。考え方がずれていた。

日本人の大部分は仏教徒と言われています。どの仏教の宗派も、その教えの原点はお釈迦様の言葉、仏の教えです。お釈迦様も、生きる目的を一言でいうと「幸せになること」、そして「生きねばならない理由が一人ひとりにあるのですよ」と教えられています。

司馬遼太郎の「21世紀に生きる君たちへ」という一文があります。この内容は小学校とか中学校でも使われているようです。この文の冒頭に、「人間は、鎖の一環ですね。はるかなる過去から未来にのびていく鎖の」と。これもお釈迦さまの教えを分かりやすく述べられたものと思われます。

今生きている私たちの命は、遥か遠い遠い過去に生まれた命ですが、それを引きついで生きている。人間の命はせいぜい50年とか100年で終わってしまいます。しかし、私たち一人ひとりの心とか魂は生き続け、未来にのびていく鎖として永遠に受け継がれていくという。私たちの生きる理由はこのあたりにあるように思うのですが。

今の瞬間を生きている私たち、そこに何か生まれるとすれば、人と人の出会いからだと思いたい。ときわ会はそんな出会いの場として大きな役割を果たしていると誇りに思っています。感謝 !!     小島琢夫(初代 代表世話人)

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